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宇都宮地方裁判所 昭和49年(ワ)325号 判決

原告

田野井博

ほか三名

被告

鹿沼市

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告田野井博に対し金七〇〇万円、原告藤平れい子に対し金三〇〇万円、原告軽部竹雄および原告軽部良子に対し各金二五〇万円ならびに右各金員に対する昭和四八年五月一日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件交通事故の発生

(一) とき 昭和四八年四月二七日午後五時ころ

(二) ところ 栃木県鹿沼市草久一、〇七五番地道路上

(三) 被告車 大型バス栃二二―さ九八号

所有者 被告

運転者 訴外神山敏宣

(四) 原告車 自動二輪車壬生町い三六三号

所有者兼運転者 訴外亡軽部智

同乗者 訴外亡田野井薫

(五) 態様 原告車と被告車とが右道路の曲り角を対向進行中衝突した。

(六) 結果 訴外軽部智および同田野井薫が死亡した。

2  被告の責任

被告は、右被告車を所有し、本件事故当時自己のため運行の用に供していたのであるから、右事故に因つて生じたつぎの損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告 田野井博

(1) 訴外亡田野井薫の逸失利益金二、二〇五万六、三八二円

同訴外人は、本件事故当時一七歳の高校生であり、したがつて、一八歳から六三歳までの四五年間は就労可能であり、その間の平均年収は金一九五万三、五〇〇円(労働省統計情報部発行賃金センサス第一巻第一表全産業新制高等学校卒業者の給与額)であるから、右収入のうち生活費として五〇パーセントを控除し、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算出すると頭書の金額なる。

(2) 訴外亡田野井フクの損害

(イ) 訴外亡田野井薫の損害賠償請求権を相続した分 金一、一〇二万八、一九一円

訴外亡田野井フクは、訴外亡田野井薫の母であるから、前項の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は二分の一であるから頭書の金額となる。

(ロ) 訴外亡田野井フク固有の慰藉料 金三〇〇万円

同訴外人は、その成長を楽しみにしていた一人息子を本件事故で失い、その失望落胆は大きい。したがつて、同訴外人の慰藉料は頭書の金額をもつて相当とする。

(ハ) 訴外亡田野井フクは、自動車損害賠償保障法に基づく保険金三〇〇万円の給付を受けたので、右損害額から控除する。

(ニ) そうすると、訴外亡田野井フクの損害額は金一、一〇二万八、一九一円である。

(3) 原告田野井博の損害

(イ) 訴外亡田野井薫の損害賠償請求権を相続した分 金一、一〇二万八、一九一円

原告田野井博は、訴外亡田野井薫の父であるから、前記(1)の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は二分の一であるから、頭書の金額となる。

(ロ) 原告田野井博固有の慰藉料 金三〇〇万円

同原告は、一人息子を本件事故で失い、その失望落胆は大きい。したがつて、同原告の慰藉料は頭書の金額をもつて相当とする。

(ハ) 葬儀費用 金三〇万円

(ニ) 原告田野井博は、自動車損害賠償保障法に基づく保険金三三〇万円の給付を受けたので、右損害額から控除する。

(ホ) 訴外亡田野井フクの損害賠償請求権を相続した分 金三六七万六、〇六三円

同訴外人は、昭和四八年一一月六日死亡したので、夫である原告田野井博は前記(2)の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は三分の一であるから頭書の金額となる。

(ヘ) そうすると、原告田野井博の損害額は金一、四七〇万四、二五四円である。

(二) 原告藤平れい子

訴外亡田野井フクの損害賠償請求権を相続した分 金七三五万二、一二八円

同訴外人は、昭和四八年一一月六日死亡したので、子である原告藤平れい子は前記(2)の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は三分の二であるから頭書の金額となる。

(三) 原告軽部竹雄

(1) 訴外亡軽部智の逸失利益 金二、二〇五万六、三八二円

右金額の算出根拠は前記(一)(1)と同じである。

(2) 原告軽部竹雄の損害

(イ) 訴外亡軽部智の損害賠償請求権を相続した分 金一、一〇二万八、一九一円

原告軽部竹雄は、訴外亡軽部智の父であるから前項の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は二分の一であるから頭書の金額となる。

(ロ) 原告軽部竹雄固有の慰藉料 金三〇〇万円

同原告は、息子を本件事故で失い、その失望落胆は大きい。したがつて、同原告の慰藉料は頭書の金額をもつて相当とする。

(ハ) 葬儀費用 金三〇万円

(ニ) 原告軽部竹雄は、自動車損害賠償保障法に基づく保険金二五〇万円の給付を受けたので、右損害額から控除する。

(ホ) そうすると、原告軽部竹雄の損害額は金一、一八二万八、一九一円である。

(四) 原告軽部良子

(1) 訴外亡軽部智の損害賠償請求権を相続した分 金一、一〇二万八、一九一円

原告軽部良子は、訴外亡軽部智の母であるから、前記(三)(1)の損害賠償請求権を相続によつて承継し、その相続分は二分の一であるから頭書の金額となる。

(2) 原告軽部良子固有の慰藉料 金三〇〇万円

同原告は、息子を本件事故で失い、その失望落胆は大きい。したがつて、同原告の慰藉料は頭書の金額をもつて相当する。

(3) 原告軽部良子は、自動車損害賠償保障法に基づく保険金二五〇万円の給付を受けたので、右損害額から控除する。

(4) そうすると、原告軽部良子の損害額は金一、一五二万八、一九一円である。

4  よつて、被告に対し、原告田野井博は前記損害額金一、四七〇万四、二五四円の内金七〇〇万円、原告藤平れい子は前記損害額金七三五万二、一二八円の内金三〇〇万円、原告軽部竹雄は前記損害額金一、一八二万八、一九一円の内金二五〇万円、原告軽部良子は前記損害金一、一五二万八、一九一円の内金二五〇万円ならびに右各金員に対する本件事故発生日の後である昭和四八年五月一日以降各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件事故に基づく賠償責任を負うという点は否認し、その余は認める。

3  同3の事実中、原告らが、それぞれ主張どおり自動車損害賠償保障法に基づく保険金の給付を受けたことは認めるが、その余はいずれも知らない。

三  被告の主張

1  自動車損害賠償保障法第三条ただし書に基づく免責

(一) 本件事故現場は、被告車の進行方向に向つて右に大きくカーブし、かつその手前数一〇〇メートルから登り坂となつている。そして、道路右側は上がり土手になつているため相互に見通しが悪く、また、道路左側は下がり土手になつている。

(二) 訴外神山敏宣は、被告車(鹿沼市立中学校生徒送迎用スクールバス)に中学生および父兄二〇名を乗せ、時速三五ないし四〇キロメートルで道路左端を進行し、登り坂の頂上付近である本件事故現場に近づくにつれ減速しながら本件事故現場にさしかかつたところ、訴外亡軽部智が運転し、後部に訴外亡田野井薫が同乗した原告車が、半ば横倒しになつた状態で下り坂を時速八〇キロメートル以上と認められるような高速度で被告車の進路上に真直ぐ滑り込んで来るのを発見し、道路左側一杯に寄つて急制動の措置をとつたが間に合わず、右訴外人らはそのまま被告車右側前部バンバー下のフエンダー下部にもぐり込んでしまつたものである

(三) 本件事故は、前記のとおり、訴外亡軽部智が原告車に二人乗りしたうえ下り坂で無謀な高速運転をしたため本件事故現場の曲り角を曲り切れず、半ば横倒しになりながら対向車線にとび込み、折から進行して来た被告車の下にもぐり込んでしまつたもので、同訴外人の一方的な過失に基づくものであり、被告側には被告車の運行に関し何ら過失はなく、かつ被告車には構造上の欠陥または機能障害もなかつたから、被告に賠償責任はない。

2  過失相殺

仮に、訴外神山敏宣に何らかの過失があつたとしても、それはほとんどとるに足らない程軽微であり、前記訴外亡軽部智の無謀運転およびこれを容認して同乗していた訴外亡田野井薫の過失が本件事故の主たる原因であるから、右両名の過失を斟酌するときは、すでに給付を受けた原告ら主張の自動車損害賠償保障法に基づく保険金の受領をもつて被告の賠償責任は終了しており、その余の支払義務はない。

四  被告の主張に対する認否

本件事故の発生については、被告車を運転していた訴外神山敏宣に重大な過失がある。

1  本件道路は、鹿沼市街方面から古峰神社方面に通ずるアスフアルト舗装、舗装部分の幅員約五・五メートルの道路であり、本件事故発生地点を曲り角の頂点として、略直角にカーブしている。

そして右道路は、本件事故発生地点から西方約二〇〇メートルまでは、古峰神社方向よりゆるやかな上り勾配をなし、右二〇〇メートルの地点から本件事故発生地点付近まではほぼ水平か、極く僅少の下り勾配をなし、同地点付近から鹿沼市街方向へさらに下り勾配を深めている。

古峰神社方向から見て、道路左側(カーブの内側)は、本件事故発生地点付近より手前約二〇ないし三〇メートルから逐次高さを増す高台となり、同地点付近でその高さは二メートル以上になり、そのまま鹿沼市街方向に続いている。道路右側は深い崖となつている。なお、道路の曲り角にカーブミラーが設置されている。

したがつて、本件事故現場は、道路幅が狭く、かつ強くカーブしていて相互に見通しの極めて悪い危険な場所である。

2  訴外神山敏宣は、被告車を運転し、鹿沼市街方向から古峰神社方向へ時速四〇キロメートルで進行して本件事故現場に差しかかつたが、原告車を発見するまで減速徐行をせず、従前の速度のまま進行を継続し、さらに、事故直前の同車の進路は、同車の前部右側面が道路の左端から三・一一メートルのところを走行していたのであるから、同車は道路の中心から約〇・五メートル対向車線上に入つていた。

3  他方、訴外亡軽部智は、後部座席に訴外亡田野井薫を乗せて原告車を運転し、古峰神社方向から鹿沼市街方向に向けて進行中、本件事故現場に差しかかる約二〇〇メートル手前までは、道路は直線で見通しもよく、かつ道路上に人車の往来が殆んどなかつたので時速約六〇キロメートルで走行して来たが、同所付近から減速し時速約四〇キロメートルで、しかも中央部分を越えない左側部分を進行して本件事故現場に差しかかつたところ、被告車が前記のとおり道路の中心を越えて、しかも高速度で対向進行して来るのを発見し、危険を感じ急制動をかけたため、かえつて行動の自由を失い、スリツプして同車と衝突したものである。

4  本件事故現場は、前記のとおり、相互に見通しのきわめて悪い危険な場所であり、訴外神山敏宣はそのことを熟知していたものである。そして同訴外人が運転していた被告車は、車長九・八メートル、車幅二・五メートルの大型車であり、道路占有面積は大きく、運動エネルギーは強大である。ところで、本件道路の幅員は五・五メートル(乙第一号証によれば五・三メートル)であるから、被告車を運行する際、急なカーブの部分では左端に寄つても、前輪と後輪の軌跡の差によつて、被告車の右側面は自車の進行車線を越えて対向車線に入ることは十分ありうるところである。また、自車の進行車線を越えないとしても、大型車の高速度による接近は対向車の運転者に強い威圧感を与え、そのために対向車の運転者をして回避措置を誤らせる危険性もある。このように大型車を運転する場合は、事故発生の危険性が高いから注意義務は加重されるべきである(優者危険負担の原則)。

したがつて、本件事故現場のごとく、幅員が狭く、かつ急にカーブしていて見通しの全くきかない道路を大型車を運転して進行する者は、対向車との接触や衝突等を未然に防止するために、道路の左側部分を進行して対向車線に入らないことはもちろん、カーブミラーを見て早期に対向車を発見して減速徐行するか、直ちに停止し、あるいは警音器を吹鳴して自車の進行を知らせ対向車の運転者をして注意させる等の措置をとるべき注意義務があるところ、右訴外人は、これを怠り十分道路の左側によらず、かつ対向車線内を減速徐行をすることなく時速四〇キロメートルで漫然と被告車を進行させていた過失により、折から対向進行して来た原告車に被告車の右前部角部分を接触させ、よつて原告車の運転者軽部智、その同乗者田野井薫を死亡させたものであるから、同訴外人に重大な過失があるというべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  訴外神山敏宣が運転する被告車が、昭和四八年四月二七日午後五時ころ栃木県鹿沼市草久一、〇七五番地先道路上において、訴外亡軽部智が運転し訴外亡田野井薫が同乗していた原告車と衝突し、その結果右訴外人両名が死亡したことおよび被告が、被告車を所有し、本件事故当時同車を被告のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。よつて、被告は自動車損害賠償保障法第三条により、原告らが、本件事故によつて被つた後記損害を賠償する義務がある。

二  そこで、まず、同条但書の免責事由について判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証(実況見分調書)および検証(第一回)の結果によると、本件事故現場は、鹿沼市街方面から古峰神社方面に通ずる道路上であり、右道路は、アスフアルト舗装がなされており、鹿沼市街方面から古峰神社方面に向つて登り坂となつていて、本件事故発生地点の手前(北東方)約一五メートル付近から右方に約三〇度さらに同所から約三一メートル古峰神社方向に進んだ地点付近(右事故発生地点の西南西方約一六メートル)から右方に約二〇度カーブしていて、その曲り角から同方向に約六メートル進んだ地点付近が登り坂の頂点となり、その前方(西方)はほぼ平坦であること、本件事故現場の道路の幅員は本件事故当時約五・三ないし六メートル(本件事故発生地点付近の幅員は約六メートル)であつたこと、同方向に向つて道路の右側には石垣が構築されていて、その高さは、本件事故発生地点の北側付近で一・九ないし二メートルであり、同所付近から、東北東方はほぼ同じ高さで続き、西南西方および西方は、約二〇メートルの間はほぼ同じ高さであるが、漸次低くなり一ないし一・二メートルであること、道路の左側は、舗装部分左端の外側〇・二ないし〇・三メートルの間は雑草が繁茂しており、さらにその外側一・七ないし一・八メートルのところは、高さ七、八メートルの崖となつているので、自動車が、本件事故現場付近において、舗装部分の外側を走行することは危険な状況にあつたこと、本件事故発生地点の南西方約八メートルの地点にカーブミラーが設置され、その西側に徐行の道路標識が設置されていること、中央線の道路標示はないことがそれぞれ認められる。

2  前掲各証拠に証人菊池四郎、同落合光男、同酒巻延行および同神山敏宣の各証言ならびに検証(第二回)の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  訴外神山敏宣は、本件事故当日午後四時三〇分ころ、学童約三〇名および父兄約二〇名を乗せた被告車(車幅二・四六メートル、車長九・七八メートル、車高三・〇七メートル)を運転して鹿沼市立西中学校を出発し、古峰ケ原方面に向うべく進行中、午後五時五分ころ本件事故現場に差しかかつたところ、前方約二四・三メートルの地点を対向して進行中の原告車を発見したので、急制動の措置をとつたが間に合わず、右発見地点から約八・五メートル前進して被告車の前部右角付近と原告車が衝突したこと。

(二)  その際の被告車の速度は時速約四〇キロメートルで、進路は、前、後車輪の左端が道路の舗装部分の左端より内側に約〇・七五メートル(車体の左側面は約〇・六五メートル)、前、後車輪の右端が道路の右端より内側に約三メートル(車体の右側面は、道路の右端より約二・九メートル、道路の左端より約三・一一メートル)の位置にあつたこと。

(三)  右訴外人は、本件事故発生直前、カーブミラーを見て対向して進行して来る車両の有無を確認したことはなく、また、警音器を吹鳴したこともないこと。

(四)  被告車は、原告車と衝突後さらに約八・五メートル前進して、道路の左側に停止したこと。

(五)  訴外亡軽部智、同亡田野井薫、同落合光男および同酒巻延行は、栃木県立壬生高等学校の学生であつたところ、本件事故当日は通学に利用していた東武鉄道がストライキのため休校となつたので、自動二輪車二台に分乗して古峰ケ原までドライブすることになり、そのうち一台は、訴外酒巻延行が運転して訴外落合光男が後部座席に同乗し、他の一台は、訴外亡軽部智が運転して訴外亡田野井薫が後部座席に同乗し、午後二時過ごろ鹿沼市南上野町五二二番地一二九所在落合光男方を出発し、約一時間後に古峰ケ原に到着し、同所で遊んだ後帰路についたこと。

(六)  両車の速度は曲り角を除き時速約七〇キロメートルで、往路後行車が先行車を追越し、追越された後行車がさらに先行車を追越したことがあり、帰路も同様なことがあつて、本件事故現場に差しかかる直前は原告車が先行していたこと。

(七)  訴外亡軽部智は、原告車を運転して、時速約七〇キロメートルで本件事故現場の曲り角に至り、急制動をかけて右曲り角を曲ろうとしたが、ハンドル操作の自由を全く失つて曲ることができず、前車輪が前路の左側(北側)に向いて車体が道路とほぼ直角になり、さらに車体が左方に傾きながら一直線に約七メートルスリツプして被告車の前部右角付近に激突し、その衝撃によつて同訴外人および訴外亡田野井薫が路上に転倒して即死し、原告車は被告車によつて約五・五メートル後方に押戻されたこと。

右認定に反する甲第八および第九号証(現場見取図)は、原告軽部竹雄が、本件事故発生の三日後に、単独で折尺を使用して測定した結果を記載したものであつて、その正確性の点について疑念があり、これをただちに信用することはできないので、同各号証をもつて右認定をくつがえすことはできず、また、証人落合光男は、原告車が本件事故現場に差しかかつた際減速したごとき供述をなしているが、右供述は同証人の推測にすぎないのでにわかに措信し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故現場は、道路の幅員が狭く、見通しの悪い曲り角であり、鹿沼市街方面から古峰神社方面に向つて登り坂のほぼ頂上付近に位置し、徐行の道路標識およびカーブミラーが設置されているので、同所を通行する自動車特に大型自動車の運転者は、カーブミラーによつて早期に対向車の有無を確認し、徐行し、かつ、警音器を吹鳴し、左側部分を進行して対向車との衝突を未然に防止すべき注意義務があるというべきである。右見地に立つて訴外神山敏宣の運行方法を考えてみると、大型車である被告車に児童、父兄約五〇名が乗車していたことおよび道路の舗装部分の外側を通行するのは転落の危険があつたことに鑑みると、道路左端から〇・六五メートルの距離をおいて進行した被告車の進路は相当であつて、この点について注意義務を懈怠したということはできないが、時速約四〇キロメートルで、しかもカーブミラーによつて対向車の有無を確認せず、さらに、警音器も吹鳴せずに進行したことについては注意義務を懈怠したというべきであり、右注意義務を遵守していたならば、本件事故が発生しなかつたであろうと考えられる余地も絶無ではなく、また、仮に事故が発生しても訴外亡軽部智および同亡田野井薫が即死するというような状態に至らない場合もあることが考えられる余地があるので、訴外神山敏宣に過失がなかつたということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、免責の抗弁は採用することができない。

三  つぎに、過失相殺の抗弁について判断する。

1  まず、訴外神山敏宣と同亡軽部智との間の過失割合について検討するところ、前記認定によれば、本件事故は、訴外亡軽部智が原告車の後部座席に訴外亡田野井薫を乗せて運転して、本件事故現場の曲り角を曲ろうとしたが、原告車が自動二輪車の二人乗りで、しかも高速度で急制動をかけたため、ハンドル操作の自由を全く失つて、そのまま被告車に激突したことが最大の原因であるが、訴外神山敏宣にも本件事故の一因をなした徐行義務等を懈怠した過失があり、そのほか前記認定の諸事情を勘案すると、同訴外人と訴外亡軽部智の過失割合は、訴外神山敏宣の過失が一〇パーセント、訴外亡軽部智の過失が九〇パーセントと認めるのが相当である。

2  つぎに、訴外神山敏宣と同亡田野井薫との間の過失割合について検討する。

前記認定事実によると、訴外亡田野井薫は、訴外亡軽部智と同じ栃木県立壬生高等学校の学生で親友であり、本件事故当日約二時間に亘り、同訴外人の運転する原告車の後部座席に同乗してドライブし、その間同車は、曲り角など道路の見通しの悪い場所を除きほぼ約七〇キロメートルで走行し、時には訴外酒巻延行が運転する自動二輪車と速度の競争をなしたことが認められる。

ところで、自動二輪車の二人乗りは、直線道路の走行中においても、路面の凹凸、石塊の散在等によつて安定性を失い易く、特に高速度で曲り角を曲ろうとする場合に最も顕著であることは何人も容易に知り得るところであり、さらに、自動二輪車の二人乗りは、運転者と同乗者とが一心同体となつてはじめて適正な運転行為が可能になるというべきであるから、同乗者としては、運転者の運行方法について常に注意し、運転者において無謀運転をなすがごとき行為に出たときは、運転者に対し適正な運転行為をなすよう注意して無謀運転を阻止させ、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきである。

そこで本件についてみるに、訴外亡田野井薫は、訴外亡軽部智が前記のごとき無謀運転をなしているにもかかわらず、同訴外人に対して適正な運転行為をなすよう注意を与えてその無謀運転を阻止させたことはなく、かえつて容認していたことがうかがわれる。そしてこのことが、本件事故の一因になつたことは明らかであるから、訴外亡田野井薫にも過失があつたというべきであり、以上の点と前記認定の諸事情を勘案すると、同訴外人と訴外神山敏宣との過失割合は、訴外亡田野井薫の過失が八〇パーセント、訴外神山敏宣の過失が二〇パーセントと認めるのが相当である。

四  つぎに、原告らの被つた損害について判断する。

1  訴外亡田野井薫、同亡軽部智の逸失利益

成立に争いない甲第二、三号証、原告田野井博および同軽部竹雄各本人尋問の結果によると、訴外亡田野井薫は昭和三〇年一〇月一日生れ、訴外亡軽部智は同年八月三日生れで、ともに、男子で、本件事故当時満一七歳の栃木県立壬生高等学校三年生で健康状態は普通であつたことが認められる(なお、右原告ら本人尋問の結果によると、同訴外人らは大学進学を希望していたことが認められるが、原告らは同訴外人らが高等学校を卒業すると同時に就職することを前提として同訴外人らの逸失利益を算出しているので、同訴外人らの大学進学の可能性の有無については判断しない)。

しかして、満一七歳の健康状態が普通の男子の平均余命年数は昭和四七年簡易生命表によると五五・一三年であることが明らかであり、同訴外人らは、少くとも原告らが主張する高等学校を卒業する満一八歳から六三歳に至るまで四五年間稼働できるものと推認することができる。ところで、労働省労働統計調査部の調査による昭和四九年賃金センサス第一巻第一表によると、同年における男子労働者全産業新制高等学校卒業者の全年齢平均月間給与は金一二万六、七〇〇円、年間賞与その他の特別給与は金四三万二、六〇〇円であることが明らかであるから年間金一九五万三、〇〇〇円となり、同訴外人らが本件事故にあわなかつたならば、前記稼働期間を通じ平均して右程度の給与を得ることができたと推認するのが相当であるところ、同訴外人らは独身であるから、そのうち二分の一を生活費として控除し、これを同訴外人らの死亡時の現価に換算するためホフマン式計算方法(年別)により年五分の中間利息を控除すると、各金二、一七五万四、八五七円(円未満切捨、以下同様)になり、右をもつて同訴外人らの逸失利益の相当評価額とすべきである。そして、右各金員に同訴外人らの過失相殺率を乗じて算出すると、訴外亡田野井薫が取得した被告に対する損害賠償請求権は金四三五万〇、九七〇円となり、訴外亡軽部智が取得した被告に対する損害賠償請求権は金二一七万五、四八五円となる。

2  訴外亡田野井フクの損害

(一)  訴外亡田野井薫の損害賠償請求権を相続した分 金二一七万五、四八五円

前掲甲第二号証によると、訴外亡田野井フクは、訴外亡田野井薫の母であることが認められるから、夫である原告田野井博とともに、前記訴外亡田野井薫の取得した損害賠償請求権の二分の一である頭書の金額を相続によつて取得した。

(二)  訴外亡田野井フク固有の慰藉料 金六〇万円

同訴外人は、成長を楽しみにしていた一人息子である訴外亡田野井薫を本件事故で失い、その精神的苦痛は大きく、これに本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すると、同訴外人には頭書の金額をもつて慰藉するのが相当である。

(三)  損害の填補

訴外亡田野井フクが、自動車損害賠償保障法に基づく保険金三〇〇万円の給付を受けていることは、原告田野井博および同藤平れい子の自認するところである。

(四)  そうすると、訴外亡田野井フクが取得した被告に対する損害賠償請求権は右填補によつて消滅したといわなければならない。

3  原告田野井博、同藤平れい子の損害

(一)  原告田野井博が訴外亡田野井薫の損害賠償請求権を相続した分 同二一七万五、四八五円

前掲甲第二号証によると、原告田野井博は、訴外亡田野井薫の父であることが認められるから、妻である訴外亡田野井フクとともに相続によつて前記訴外亡田野井薫の取得した損害賠償請求権の二分の一である頭書の金額を取得した。

(二)  原告田野井博固有の慰藉料 金六〇万円

同原告は、成長を楽しみにしていた一人息子である訴外亡田野井薫を本件事故で失い、その精神的苦痛は大きく、これに本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すると、同原告には頭書の金額をもつて慰藉するのが相当である。

(三)  原告田野井博が出捐した葬儀費用 金二〇万円

同原告に対する本人尋問の結果によると、同原告は訴外亡田野井薫の葬儀のため三、四〇万円の費用を出捐したことが認められ、これに同訴外人の社会的地位、年齢、前記同訴外人の過失等を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある出捐で被告に請求し得る金員は頭書の金額と認められる。

(四)  原告田野井博および同藤平れい子は、訴外亡田野井フクが取得した被告に対する損害賠償請求権を相続によつて承継した旨主張するが、前記認定のとおり、同訴外人の損害賠償請求権は保険金の填補によつて消滅したから、同原告らの取得分はないといわなければならない。

(五)  損害の填補

原告田野井博が、自動車損害賠償保障法に基づく保険金三三〇万円の給付を受けていることは、同原告の自認するところである。

(六)  そうすると、原告田野井博が取得した被告に対する損害賠償請求権は右填補によつて消滅したといわなければならない。

4  原告軽部竹雄、同軽部良子の損害

(一)  訴外軽部智の損害賠償請求権を相続した分 各金一〇八万七、七四二円

前掲甲第三号証によると、同原告らは、訴外亡軽部智の父母であることが認められるから、相続によつて前記同訴外人が取得した損害賠償請求権の各二分の一である頭書の金額を取得した。

(二)  原告軽部竹雄および同軽部良子固有の慰藉料 各金三〇万円

同原告らは、成長を楽しみにしていた訴外亡軽部智を失いその精神的苦痛は大きく、これに本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すると、同原告らには頭書の金額をもつて慰藉するのが相当である。

(三)  原告軽部竹雄が出捐した葬儀費用 金二〇万円

同原告に対する本人尋問の結果によると、同原告は訴外亡軽部智の葬儀のため三、四〇万円の費用を出捐したことが認められ、これに同訴外人の社会的地位、年齢、前記同訴外人の過失等を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある出捐で被告に請求し得る金員は頭書の金額と認められる。

(四)  損害の填補

原告軽部竹雄および同軽部良子が、自動車損害賠償保障法に基づく保険金各二五〇万円の給付を受けていることは、同原告らの自認するところである。

(五)  そうすると、原告軽部竹雄および同軽部良子が取得した被告に対する損害賠償請求権は右填補によつて消滅したといわなければならない。

五  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板橋秀夫)

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